1.設立の背景および活動の目的
乳癌死亡率減少効果の示された唯一の乳癌検診法はマンモグラフィである。我が国では対策型乳癌検診としてマンモグラフィ検診を2年に1回行っている。しかしながら、こうした画一的な乳癌検診では、特に乳癌発症リスクの低い対象では偽陽性、過剰診断、放射線被曝などの不利益が利益を上回る懸念がある。一方で、乳癌発症リスクの高い対象では、よりintensiveなスクリーニングによって、さらなる死亡率減少効果が期待できるかもしれない。
近年、乳癌発症リスクに応じた検診プログラムを提供するリスク層別化乳癌検診が注目されている。乳癌発症リスクの高い遺伝性乳癌卵巣癌症候群に対するMRI併用検診はリスク層別化検診の一つと考えられる。またJ-START試験は、マンモグラフィによる感度が限定的と考えられる40-49歳の日本人女性を対象に超音波検査併用検診マンモグラフィの有用性を検討した試験であるが、リスク層別化検診に関するランダム化比較試験と解釈できる。J-START試験では、超音波検査併用検診マンモグラフィによる感度向上、早期浸潤癌発見率向上、中間期乳癌の減少が示されたものの、超音波検査の検診への導入には至っていない。一方、欧米ではMyPeBS試験やWISDOM試験など、リスク層別化検診の有用性を検討する前向き大規模臨床研究が、すでに開始されている。
また、我が国の乳癌検診受診率は欧米と比較して低率である。その要因は様々であるが、乳がんのリスク因子に関する情報が一般に十分周知されていないことも、一因であると考えられる。
本ワーキンググループは、乳癌発症リスクに基づいた検診・予防プログラムの最適化に向けた議論を行うとともに、乳癌リスク因子の検討及び一般への啓蒙を行うことを目的としている。
2.メンバーと主な役割
山内英子(座長), 髙田正泰(座長), 石田孝宣(乳腺外科, 日本乳癌検診学会との連携), 片岡正子(放射線診断), 植松孝悦(放射線診断, 日本乳癌検診学会との連携), 稲荷均(乳腺外科, HBOC診療担当), 喜多久美子(乳腺外科,HBOC診療担当), 鈴木美慧 (遺伝カウンセラー), 伏見淳(乳腺外科,HBOC診療担当) (敬称略)
3.活動計画
リスク層別化乳癌検診の導入を検討する上では、個々の症例における乳癌発症リスクの予測・評価が必要である。癌家族歴, 生活歴, 遺伝性乳癌関連遺伝子, Polygenic Risk Score(PRS), 乳腺濃度などの複数の乳癌リスク因子を統合し乳癌発症リスクを予測するモデルとして、NCI Gail model(Breast Cancer Risk Assessment Tool), Tyrer-Cuzick model(IBIS), CanRisk(BOADICIA), BRCAProなどの開発が進められてきた。しかしながら、これらのリスクモデルはいずれも国外のデータに基づき開発されており、日本人集団における有用性については検証されていない。また我が国には、乳癌リスク因子に関する情報を網羅した大規模な検診データは存在せず、日本人データに基づいた乳癌発症リスクモデルの開発・検証の大きな障壁となっている。
そこで、①国外データをもとに開発された既存の乳癌リスクモデルについて国内データを用いて外的妥当性の評価を行うこと、②乳がんのリスク因子に関する検討および啓蒙を行うこと、③乳癌発症リスクに基づいた検診・予防プログラムの最適化に向けた議論を行うことを計画した。
4.活動報告
- 国内データを用いた乳癌リスクモデルの外的妥当性の評価の検討
CanRiskモデルの開発チーム(Prof. Antonis Antoniou, University of Cambridge)とコンタクトをとり、日本人向けに調整したCanRiskモデルの開発について議論を行った。モデルの調整には、有病率や、各リスク因子の人口分布などに関するデータが必要であること、調整後のモデルの評価のためのデータが必要であることを確認した。その後、ワーキンググループでオンラインにて協議を行なった。国内検診施設を中心に、家族歴, 既往歴, 生活歴, マンモグラフィなどの画像データ・所見, アウトカムなどの集積状況を調査し、CanRiskモデルの国内データにおける外的妥当性評価のためのデータ収集を行うことを確認した。 - 乳癌発症リスクに基づいた検診・予防プログラムの最適化に向けた議論
ワーキンググループでオンライン会議を行い、以下に関して協議を行なった。
海外におけるリスク層別化検診・予防プログラムの導入状況についての簡単な紹介がおこなわれ、今後、リスク評価に用いられているリスク因子のレビューを行う、PRSに関しても検討する必要性が認識された。日本乳癌検診学会と連携し、リスク層別検診プログラムを日本へ導入する妥当性を協議し、日本におけるリスク層別検診プログラムの導入に関する提言を行う方向性も提案された。 - リスク因子の検討と啓蒙活動
ワーキンググループにおける協議にて、高濃度乳腺(デンスブレスト)の評価における不確かさについて議論がなされた。国内外の様々な関連研究をレビューし、デンスブレストの扱いに関して今後の方針を検討する。また、日本対がん協会がん検診研究助成事業に応募し、リスク因子の文献レビューによる抽出を開始した。
5.今後の展望
我が国における既存の乳癌疫学・検診を対象とした研究報告について文献レビューを行い、日本人集団における乳癌リスク因子の抽出を行う。日本乳癌検診学会など関連する学会と協議の上、乳癌リスクに関する情報を社会に向けて発信する。同時に、CanRiskツールの調整に必要な情報を収集し、日本版CanRiskモデルの開発を進める。日本版CanRiskモデルの外的妥当性評価として、Case-Controlを用いた評価を検討している。患者データとしては、詳細な家族歴や生殖細胞系列の病的バリアントに関する情報が含まれているデータの利用を検討している。コントロールデータとして、国内検診施設に対してデータの保有状況をアンケート調査し、候補施設にデータ提供に関する協力を打診する。日本人集団に適応可能な乳癌リスクモデルを確立することにより、我が国におけるリスク層別化検診の導入について検討が可能となる。リスク層別化検診の導入に向けて関連学会と協議し共同で提言を行う。乳癌リスクについて理解すること、リスクモデルにより個々人が乳がんリスクを把握することは、検診受診の動機づけ・検診受診率の向上にもつながり、各個人のリスクに合わせた検診を行うことで検診全体としての益と害のバランスが最適化されることが期待される。
AI-ワーキンググループ
ビッグデータサイエンス ワーキンググループ
リスク評価ワーキンググループ
リキッドバイオプシーワーキンググループ
乳腺ロボット手術ワーキンググループ
乳癌ラジオ波焼灼療法検討ワーキング
乳房再建に関するワーキンググループ(2022年-2024年)
大学教育に関するワーキンググループ